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【咲-Saki-】照「わたしに妹はいない」久「……そう」

1名無しさん@おーぷん:2018/10/07(日)10:46:10 ID:pVG()
一~九(萬子)、①~⑨(筒子)、1~9(索子)です。

原作17巻のキャラがちょっと出ます。18巻(たぶん190局まで)のネタは極力よけるかオブラートに包んでますが一応ネタバレ注意です。

300レスくらいで終わる気がします。
176名無しさん@おーぷん :2018/10/07(日)17:04:50 ID:pVG()
賽が回る、出目は七。親を起点に4枚ずつ牌をつかんでいき北家が13枚目の牌をツモると、最後に和の手でもう一枚牌がめくられる、表示牌は[西]、ドラは[南]となる。

優希の配牌は[一七九689④⑥⑦⑧南北中]、ひと面子揃っているし三色同順も視野に入れられる、まあ悪くないなという程度の手だ。もっとも今回優希は和了ってはいけないので、刻子さえなければどんな手でも大差はない。
肝心なのは和が和了できるかどうか、その最大の障壁はもちろん宮永照だが、私の位置からでは両者の手は見ることが叶わない。

「リーチ」

四巡目だ。宮永照が調子を取り戻したのは、こちらにとってやはり厳しい展開だった。そんなことを考えていた私は、彼女のぶれの無さを見習うべきなんだろう。和が二萬を切り、先制で仕掛ける。

おそらく宮永照ももう聴牌か、一向聴までは来ているはずだ。予断を許さない状況だが、同時にチャンスでもある。手が進んでいると、それを維持や進行させるために切られる牌が絞られ防御は難しくなる。
点差は11900、逆転のためには直撃でも四翻25符、6400点以上が必要な状況で、一発ロンを狙えるのは非常に大きい。
が、そういう甘い考えはすぐさま崩れ去る。

「チー」

弘世さんが一萬と三萬を場に晒す。これで一発は消えた。さらに危険牌の六萬切り。優希と弘世さんからの出和了の場合、和は六翻が必要となる。加えて、これが和の和了牌ならツモでしか和了できなくなってしまう。足元見てくる打ち回しだ。

続いて親の手出し三索、生牌だ。優希の番となり、引いてきたのは四索。迷わず生牌の南を切る。それでいい。字牌ならフリテンのリスクも低い、南はドラで役牌なのでこれが当たりならリーチも加えて五翻は確保できる。

「ポン」

再度弘世さん。和がロンと言わないならば安牌ということになる南を二枚消費して、和の番を飛ばしに来る。おそらく張っている宮永照とリーチをかけている和のめくり合い、そこにあるいは弘世さんも加わるかもしれない。
これで六巡目、宮永照の一筒ツモ切り、優希の東ツモ切り、和の北ツモ切り。弘世さんの手出しの五筒。勝負は、七巡目で決した。

「ツモ」

和が手元の牌を倒す。和了形は[一二三567⑥⑦⑧⑧⑧發發]、加えてツモの發。三翻30符。子から1000点、親から2000点。元の点差は11900だ、和がツモで逆転するには満貫、四翻40符が最低条件であり、これでは5900点届いていない。

「ふぅ……」

和が椅子にもたれかかり、ため息を漏らす。まだ終わりではない。裏ドラ、これが發か八筒となれば和の手は跳満、逆転だ。
177名無しさん@おーぷん :2018/10/07(日)17:05:43 ID:pVG()
「のどちゃん? 裏ドラ忘れてるじょ」

「いえ忘れてるわけでは、ただちょっと気分的にですね……」

「気分が悪いのか? なら代わりに私が」

「それは駄目です。大丈夫、自分で見ますから」

多少は気が引けたのかもしれないが、すぐに持ち直す。麻雀を教わった環境からかマナーには厳しい和らしい。あるいは優希にのせられたのかも……いや、それは考えすぎね。

自身の目の前に並ぶ、ドラ表示牌のある山に和が手を伸ばす。表を向いている[西]の牌を、その下の牌と共に持ち上げ手元に寄せる。西の牌を下ろし、下の牌を、裏返す。

「七筒……」

めくられた牌を見て、和が呟く。求めていた裏ドラは八筒。提示されたのは[七筒]。表示牌が出はない。裏ドラが、だ。あと一つ、上の数字だったならば……。

「2000、3900です」



最終点数・片岡優希:10100、原村和:44600、弘世菫:600、宮永照:44700。この対局に私たち清澄は、敗北した。
178名無しさん@おーぷん :2018/10/07(日)17:06:39 ID:pVG()
それから数秒の間、各々なにを考えていただろう。まこは手元の牌譜に何か書き込んでおり、ゆみは既にペンを置いていた。優希は卓の下を見るように俯き、和は自分の手を見つめている。
この二人の考えていることは何となく察しはつくかもしれないが。弘世さんは殆ど首を動かさず周りを見渡している。おそらく他から見た私も似たようなものだと思う。わかるのはそれだけだ。

「……ありがとうございました」

和が沈黙を破る。それに弘世さんが続き、順々にハモる形で対局を終える挨拶を交わしていく。
卓を離れ、牌譜をまとめていた二人と白糸台の二人が牌譜についての話を始める。その集いから少し離れて、手荷物を抱えながら和が言う。

「すみません部長。力及ばず」

「ゴメンナサイだじょ」

「やめやめ、そういうの無しよ二人とも。相手は最強の高校生だし、優希も和もこれ以上無いってくらい私の言ったことに忠実に打ってくれたじゃない。それで負けたのに謝られたらむしろ私が恥ずかしいわ」

「そんなこと言ったって、打ったのは私たちだじょ。それに咲ちゃんのことも……」

「咲のことは気にしないで……ってのもまあ、無理な話か。わかった、じゃあちょっと待ってて」

「部長?」

後悔の念をさらけ出す優希に、不可解と言いたげな色が混じる。口が滑った。本当はもう少し慎重に事を進めたかったけれど……格好なんてつけるもんじゃないわねまったく。言ってしまった以上はしょうがない、四人のところに切り込むとしよう。

「まこ、牌譜のコピーどうなった?」

「ん? おお、ここの職員室でコピー機を借りてくれるそうじゃ」

「そっか、一応話は済んでるのね。じゃあ宮永さん、弘世さん、麻雀しましょうか」

「麻雀?」

「……なにを言い出すんだ竹井」

「なにって、私と麻雀勝負を始めましょうって言ってるんだけど。咲との、あの話を賭けて」

弘世さんが目を見開く。経験上、こういう反応してくれる相手は話の主導権を握りやすい。でも残念ながら今回はそう都合よくいかないらしい。

「屁理屈なら聞く気はないから」

睨むように目を細めて、宮永照が釘を刺してくる。待っててなんて言ったけど、前言撤回しておかなければならない。
179名無しさん@おーぷん :2018/10/07(日)17:07:56 ID:pVG()
「ゆみ、まこ、少し外してくれるかしら。和と優希も」

「えっ、どういうことですか?」

「咲のことは任せて。大丈夫、10分くらいだから」

「……」

およそ返答とは呼べない返事だと自分でも思う。まこも和も予定外の出来事に不服なご様子ながらも部屋を後にする。これで、室内には昨日賭けの話をした三人だけとなる。
皆には堪忍願いたい、私にとってもここから先はアドリブなんだ。咲と会わせる。そのためにもう、なりふり構ってはいられない。


「……さて、ごめんなさいね段取り悪くて。なにか言いたいことがあったらどうぞ。それとも私から喋ったほうがいいかな」

「じゃあ原村さんの代弁をさせてもらおう。どういうことだ。賭け麻雀はもう済んだはずだろ」

「それはどうなんだろう。今回の賭けの内容覚えてる?」


「……。『私たち白糸台と清澄で2対2の麻雀勝負。ルールは原則として大会と同じ、ただし赤ドラは無し。私たちが勝てば照の意思を、そちらが勝てば照の妹の意思を尊重する』だったろ」

「違うわね」

「はあ……?」

「正確には足りてない。よく思い出して。私は宮永さんにこう言ったはずよ。『半荘やって私が勝ったらあなたは咲に会って、そちらが勝ったら私は咲と会わせようとするのをやめる』」

「同じじゃないか」

「いいえ、れっきとした差があるわ。『私が勝ったら』って言ってるんだから、この半荘ってのは私が卓にいて然るべきでしょ?」

「なんだそれ、じゃあさっきの半荘はなんだったんだ」

「うーん、練習試合? いや練習って感じはしなかったから、野試合かしら」

「ふざけるな。そんな屁理屈持ち出して、小学生か」

「弘世さん、屁理屈っていうのは道理に適わないことを言うのよ。私の話はたしかにインチキくさいと思うかもしれないけど、筋が通ってないとは言えないんじゃない?」

「そうかもしれないが、しかし……」
180名無しさん@おーぷん :2018/10/07(日)17:10:13 ID:pVG()
「わかってくれる? じゃ、まこが戻ってきたら始めましょうか」

弘世さんが言いよどむ。よかった、言いくるめられてくれたようだ。こういうやり取りは、ノリと勢いさえあれば案外相手にもそれらしく聞かせられる。喋っていて自分で思ったけれど、今の理屈はその気になれば揚げ足を取れた。
『咲と会う条件』は私が勝つことだが、『咲と会わない条件』では私に勝つことは含まれていない。昨日の私がそれを含んでいたかは覚えてないけれど、そこを指摘されたら水掛け論になっていた。
もちろんただの揚げ足取り、それこそ屁理屈だろうけれど、元が元だ。泥仕合になれば大義名分は、正々堂々一勝している向こうにあっただろう。

「いいや、やらないよ」

「……どうして宮永さん」

やけに静かだと思ったけど、ここで本丸だ。わかってる、いくら弘世さんを言いくるめても意味はない。弘世さん自身が今回の件については彼女の意向に従うと言っていたんだ。

「あなたの言うとおりに、屁理屈は言ってないつもりなんだけど」

「うん、そうかもね。でもそういう細かい話をするんなら、問題は道理に合うかじゃなくてどう解釈するかでしょ」

ふむ、なるほどなるほど。……何を言っているのか微塵もわからない。大人しく聞くとしよう。

「話が見えないわね」

「質問に質問で返すようだけど、話に必要なことだから許してね。竹井さんはインハイ団体の中堅戦を戦ってるとき、一人だった?」

「一人? 卓にってことなら四人だけど、そういうことじゃないわよね。一校から出られるのは一人なんだしそれはそうじゃない?」

「本当にそう? 今一度、思い返してみて。対局中やインターバルのとき、前の人の点を取り返そうとか、自分の後に控えてる人のためにも稼いでおきたいとか考えなかった?」

「……」

「インハイのための準備や対策は一人でやったの? チームメイトに限らなくてもいい。親とか、友達とか、今まで関わってきた他の誰かが脳裏に浮かんだりしなかった?」

ははぁ、そういうことね。彼女は精神的な話に持ち込もうというわけだ。『仲間との絆』とか『応援の力』とか、そんな適当なことを言って最後には『卓に入ってる人だけが戦いの場に立っているわけじゃない』とかいうつもりなんでしょう。
そりゃあ団体戦だもの、前後のことは考えるし対戦校のデータ集めは私の力だけでは十分に適わなかった。応援がプラスに働くとは限らないけれど、私に影響を与えたというのは否めない。でも、こんなやり口に切り返すのは至って簡単だ。
181名無しさん@おーぷん :2018/10/07(日)17:11:11 ID:pVG()
ボクシングやフェンシングが何人対何人の勝負かと訊ねられて、2以上の数字を持ち出す人は極めて少ない。
彼女の言うようにこれがどう解釈するかの問題ならそこまで含めた上で、勝ってるのはあくまで一人だと言ってしまえばいい。私に意見を求めた以上、それで話はどん詰まりになる。

「もう一度聞くよ。竹井さんは、中堅戦を一人で戦ったの?」

「…………いいえ」

無理だ。障壁があったとしたら、今回私はその2以上の数字を持ち出す側の人間だったってことみたいだ。待ちに待って、共に練習して。それなのに。口が裂けてもYESとは言いたくない。

「そう言ってくれて安心した。今回の対局、竹井さんのアドバイスが入ってたよね。片岡さんと原村さんが戻ったら同じ質問してみる?」

「結構よ。それであの二人が首を縦に振ったら私、三日三晩寝込んじゃいそうだし」

「ふぅん……。まあ聞かなくても答えは見えてるけど。じゃあ私たちはちゃんと、『竹井さんが参謀を務めた清澄に勝った。』ってことでいいよね。お開きにしよっか」

宮永照が雀卓の整理を始める。次いで弘世さんがそれを手伝う、帰り支度なんだろう。

完敗。外堀を埋めた後に、卓についていなくても入れ知恵という形で参加したことにされた。私が勝負に参加していたという解釈を、私に認めさせたわけだ。これで昨日と合わせて三連敗だ。照魔鏡で見られたからなのか、私一人ではどうも宮永照に敵わないらしい。

「……でも、今日のアドバイスは私一人のじゃなかったわよ」

二人の手が止まる。こちらを向いたのは弘世さんだけだが、もう一人も聞く姿勢ではあるようなので続ける。

「牌譜を取ったり、対局中の動きを禁じられたり。この部屋に私たちが来た時点でもうわかってたんじゃない? あの龍門渕と私たち清澄相手にあと一歩のところまで食らいついた敦賀の大将、加治木ゆみも今回、知恵を貸していた。じゃなきゃこの場にいるはずがないってね」

「だったら?」

「さっき弘世さんが言ってくれたわよね。『白糸台と清澄で麻雀勝負』、でもゆみは清澄じゃない。なのにゆみのいることに言及しなかったのは、やっぱりアドバイスなら参加にはならないってことにならない?」

弘世さんが口を開く。が、思いとどまったようで何も言わずに横を見る。目線の先の人物はなにかを思案中といった様子だが、あまり間は空かなかった。

「菫、片づけは一回中断しよう」

「本気か照……こんな勝負受けなくても」

「私が加治木さんも作戦に関わってると思ってたのは本当だしね。それに、どっちにしても負けを認めさせればいいんだし」

宮永照が、自分の場につく。

「やろうか、麻雀」

無言で、口角だけあげて返す。弘世さんはなにも言わない。
182名無しさん@おーぷん :2018/10/07(日)17:12:32 ID:pVG()
そこからは五分ほどの沈黙が続いた。清澄対白糸台、本日二度目の対局が行われることとなった、その旨をメールでまこに伝えて戻ってきてもらう。

ルールは先ほどと同じものだ。大会ルールに従い赤ドラをいれないかと持ち掛けてはみたけれどこれは弘世さんに一蹴された。場決めで東を引いたのは宮永照。彼女が起家となり、南家染谷まこ、西家弘世菫、北家竹井久で半荘戦開幕だ。

「まこ。和と優希はどうしてるの?」

「とっくに学校から出とる」

「ゆみから話は?」

「聞いとる。……わしは何にも言わんけぇのう。もう対局始まるんじゃ」

四人が配牌を揃えて、東一局が始まる。親は宮永照、ドラは七索となった。

配牌は[二五3445②⑦⑦⑧⑨南中]の四向聴、そこにもう一枚二萬をツモってきて三向聴。いい手になりそうな気配はある配牌だ。この局ではおそらく宮永照が和了ってこないので稼げるうちに稼いでおきたい。
そうは言ってもあまりゆっくりしていると弘世さんに和了される。どこかで打点とは折り合いをつけなければならない。二巡目で九筒を引く、四巡目で六筒を引いて二筒を切る、七巡目で北を引いて南を切る。

八巡目で……、[二二3445⑥⑦⑦⑧⑨⑨北]の手に八筒をツモ。さっきまでここに優希が座っていた名残りかもしれない、なんて言ったら和に笑われそうだ。
私でもそこまでオカルト思考ではないけれど、そんなことが頭を過るほどに手の進みがいい。六筒切り。折り合いなんてあったものじゃない。

九巡目、五索ツモ。これで手の内14枚は[二二34455⑦⑦⑧⑧⑨⑨北]、三六索待ちの良形聴牌だ。リーチをかければ高めツモで跳満となる。だったら、私の取るべき選択はもちろんこれ。

「リーチ!」

三索切りだ。ここで北を切るほど優希の余波に流されることはしない。

下家、弘世さんが生牌の西を切る。私のリーチにいきなり字牌を切るとはいい度胸ね。……いやいや、それはちょっと弘世菫という打ち手を侮りすぎかな。七巡目で私が切った南を見ての判断なんでしょう。
南は一枚切れ、西は生牌。私の悪待ちの特性からしたら、あそこで南を切ったことで西待ちの線は薄くなるわけだ。もしかしたら西を複数枚持っていたのかもしれない。

「カン」

まこの声、同時に七索四枚が場に晒される。暗槓とはいえ、他家がリーチしてるときに普通はそんなことはしない。この勝負形式に限っての行為、私へのアシストだ。一発ツモは消えるが、代わりにいいプレゼントをもらった。槓ドラ表示牌は[西]、つまり北がドラになる。

十巡目の、私のツモ番。見ないでもわかる、来た。

「ツモ!」

少し声を張って宣言し、牌を上方に跳ね上げ……ないでおこう。他校の牌だし、それをやるとまあ今回はちょっと都合が良くない。大人しく牌を裏返す。北の字。手牌を晒して、裏ドラを確認する。

西と二筒が表を向く。

「リーヅモ七対、ドラ4。4000、8000!」
183名無しさん@おーぷん :2018/10/07(日)17:14:27 ID:pVG()
これで宮永照との点差は24000。幸先がいい、もっとも大事なのはここからではあるので気は緩めない。すぐさま点棒の受け渡しを終え、牌を卓中央に流し込んだそのときだった、背筋に悪寒を覚えたのは。

時間がまるで止まったかのように、物の動きがスローに感じる。まこの背後の空間が歪む。ああ……初めて見えた。これが照魔鏡。円形のなにかと、靄のようななにか。
今出来るのは残念ながらその程度の認識で、瞬きをしたときそのなにかはもう消えていた。もしかしたらモモちゃんの形容を聞いていたから脳が勝手に作り出した映像なのかもしれない。それでも、確かに見えた気がした。

「……てる?」

弘世さんが、脈絡もなく声を漏らす。……と、思ったが意味はすぐにわかった。

「ぅ………あ…」

私は最初、その声を認識していなかった。宮永照がなにやら呻く。弘世さんは『照』と言ったんだ。たぶん私が目を凝らしている間に、弘世さんは耳を機能させていたんだろう。それを聞いていたからこそ、弘世さんの次の行動は私とまこより一瞬早いものだった。

「…さ……あ゛…、っ………き…」

「っ……! おい照!!」

椅子にもたれる宮永照が左に傾くにつれ、その制服に徐々に横方向のしわが入る。弘世さんが椅子を弾き飛ばすように立ち上がる。惜しむらくは彼女が宮永照の対面だったことだ。ずしゃり、と鈍い音を立てて、宮永照が椅子ごと崩れ落ちる。
肩からだったように見える。あまりに唐突で、目で追うのが精いっぱいだった。いち早く駆け寄った弘世さん含め、この場の誰もそれを止めることは叶わなかった。

「なっ……」

「……んじゃあ……!?」

「照!おいどうした!……返事できるか!?」

思わず声が出てしまう。まさか、こんなことになるとは私には思いもよらなかった。いや……私にも、思いもよらなかったというべきかしら。
184名無しさん@おーぷん :2018/10/07(日)17:15:17 ID:pVG()
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-三十分前・白糸台本校舎女子トイレ-

「今の片岡さんは高さと早さの切り替えが効く。あのときの片岡さんに安手で良しと言ったのは私たちだ。片岡さんの手が安いという判断材料を、宮永照が持っているはずがない」

「ゆみの言うとおりね」

「やけに……あっさり認めてしまうんだな。いいのか」

「私もそれだと辻褄が合わないのはわかってて言ったしね。でもリスクとリターンの話までズレてるとは思ってない。宮永照には優希の手が高くないと判断する別の材料があったんだと思うのよ」

「別の材料?」

「照魔鏡かな」

「いや、照魔鏡は相手の内面を観る代物だろう。それならむしろ片岡さんの打点の高さを裏付けるものなのでは」

「観られたからじゃないわ。観られなかったからそう推し量ったのよ」

「どういう……待てよ、ああ。決勝戦か?」

そう、決勝戦で優希と宮永照は対決している。そのときの、数日前の優希を想定して戦っていたんだとしたら、彼女の脳内で優希という打ち手は『東一局で最も力を発揮し、東場全体として早く安い打ち手』というものになっている。

「しかし、そうだとしたら何で今回は観ていないんだ。同じ相手には一度しか使えないとかなのか」

「それはないわね。昨日モモちゃんに観てもらった映像だと、鏡らしきものは辻垣内さんの後ろにも現れてたみたいだし」

「ああ、そう言ってたな。じゃあ他に考えられるのは……」

「私がいたから、ってのはどう?」

優希は小柄だ。客観的にと言ってもいいけれど、今は相対的なもので事足りる。その方向で訂正しておくと、私に比べたら優希は小柄だ。つまりなにが言いたいかというとね。

「東一局が終わったとき、私は優希の後ろにいた。もしその陰に隠れて優希が鏡に映らなかったんだとしたら? 長々と話してきたけど私が言いたかったのは、要するに『宮永照の能力である照魔鏡は、肉眼ではなく鏡に映った人の本質を観る』んじゃないかってこと」

決まった。この主張をするために思考の過程を一から説明してきたんだ。世紀の大発見、これを学会に発表すれば何かしらの賞は間違いなし!ほら、オーディエンスの反応も思ったとおりだ。ゆみが呆れた顔でこちらを見る。
185名無しさん@おーぷん :2018/10/07(日)17:16:19 ID:pVG()
「久……、まさか君はそんなことを言うためにわざわざこんな話をしたのか」

「筋は通るでしょ?」

「ああ、結論だけ先に言ってくれれば即行で同意していたがな。えっと、冗談だよな? まさかそんな普通なことを言うためにここまでの話があったわけじゃないよな?」

凹む。せっかくここまで事細かにしゃべったというのに。なんで凹むって、薄々そういう反応が返ってくる気がしてたからだ。

「悪かったわね……。しょうがないでしょ、先入観なんて誰にでもあるもの。なんとなくだけど、モモちゃんの言う鏡は、相手の内面を目視するときのエフェクトのようなものかと思ってたのよ」

「たぶんマイノリティだよ、その発想。まあ多数派でも正しいとは限らないからいいんだが」

拍子抜けしたとでも言いたげに、ゆみが前髪をかく。

「それで、思いついた作戦ってのは? 片岡さんの今の技量が誤認されてるとして何か活きるのか。もう次は南場だよ」

ちょっと恥ずかしい想いをした。間抜けなところを晒したんだ、ここから名誉挽回しなければ。

「優希の話は説明のためのものだからね、直接は関係ないわ。策のために、もう一個聞いておきたいことがある。こっちは手短にいきたいんだけど、昨日公園でモモちゃんと話してたときのこと思い出して」

「公園でモモと、というと盗み聞きしてたことか」

「違うわよ……。もう忘れてあげたら?」

「そうか。他に話にあがったことというと……照魔鏡のことでまだ何かあるのか」

「いいえ、それも違う。私が言いたいのは、モモちゃんの持っていた猫のこと」

「猫? ああ、持っていたなそういえば」

「あのときのモモちゃんって猫を持っていてもなお、二回目の鳴き声が発せられるまで私たちに気付かれなかったわけでしょ。でね、ゆみ。思ったんだけど、猫でそれが出来るなら、他の生物でも出来るんじゃない?
例えば、人間一人を周りに気づかれずに私の後ろに現れさせるとか、さ」

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186名無しさん@おーぷん :2018/10/07(日)17:18:05 ID:pVG()
「…ぷはあっ……はぁ……。うわっ、大丈夫っすかチャンピオンさん。これ、もしかして私のせいっすか……」

弘世さんの目が円を描く。状況がのみこめていないようだ。まこの後ろ、つい先ほどまで誰もいなかったはずの空間に見覚えのない人物が立っていたのだから無理もない。
その人物が変に自責の念に駆られないように言っておこう。

「ううん、そっちはちょっとワケアリでね。急に人が現れてビックリしたとかそういうのじゃないから気にしないで。手伝ってくれてありがとうね、助かったわ」

「そうっすか……? まあ昨日のお詫びの足しにでもしといてくださいっす。人ひとりとなるといつも以上に存在感消さなきゃいけないんで大変っすから」

「お姉ちゃん……」

「ここまでお疲れ様。モモちゃん、咲」
187名無しさん@おーぷん :2018/10/07(日)17:20:38 ID:pVG()
ゆみとの話では咲は私の後ろにつくということになっていたはずなので、まこも多少は背筋が伸びるような思いをしてしまいそうなものだけれど、そんな様子もないままに首だけ回して背後の二人を一瞥する。
お化け屋敷を平然と歩くまこは容易にイメージ出来てしまうが、単にゆみやモモちゃんとの打ち合わせで扉に近いほうの背につくとかそんな話があったのかもしれない。
呼吸を乱す同輩を仰向けに抱えながら、弘世さんがこちらを見てくる。

「さき……って宮永咲? なんで……、どうなってる竹井」

「どうなってるって、随分と抽象的ね。なにがわからないの?」

「全部だ! なんで照は倒れた? どうして照の妹がここにいる!? いつから!? なにが起きてる!?」

「倒れたわけは……さぁ? それは私にはわからないけど、いつから咲がいるかっていうなら30秒くらい前から。どうしているのかっていうなら普通にそこの扉から入ってきたからでしょ。卓の上ばっかり見てて気づいてなかったんじゃない?」

「扉から? 馬鹿を言うな、いつの間にそんな」

荒唐無稽だとでも言いたげだけれど、目の前にある現実は私の言い分を後押しする。嘘は言っていない。雀士にとって最も視線を引かれるものは卓の上、特に麻雀牌だ。
そしてモモちゃんの存在感は、皆無を通り越してマイナスとなりその牌を雀士にすら見えなくするほどのもの。
今回はその合わせ技であり、私でさえつい先ほどまではモモちゃんに手を引かれてその後ろを歩く咲がなんとか見え隠れしている程度だった。東横桃子という人物のことを知らない白糸台の二人では気付く由もない。

「別に信じないならそれでもいいわ。どうでもいいもの。それより麻雀を続けましょうか」

「……! なんじゃ部長、続けるんかい」

私と弘世さんと宮永照の話の中で、この場に咲を連れて来ちゃいけないなんて内容はあがっていない。それが為されなかったのは、本来言うまでもないことだからだ。
約束が交わされていないという建前は咲を呼ぶという私の行為を灰色たらしめるが、その実ほとんど黒のようなものだと自覚している。
そうまでして手に入れた好機だ、みすみす平静さを取り戻させる時間を与えてはいけない。普通に戦って勝てる相手じゃないんだ。今ここで、畳み掛ける。

「待ってくれ。見たらわかるだろ、照の様子がおかしい。続行できる状態にない! いくら妹がこの部屋にいたからといってここまで……っ」

回路が途切れた電球のように弘世さんの言葉がブツリと切れ、再度紡がれる。
188名無しさん@おーぷん :2018/10/07(日)17:22:46 ID:pVG()
「その位置……照魔鏡か」

「……」

「どうしてこの場にいるのかわからなかったが……竹井、お前が呼んだんだな? 照に鏡で妹の内面を見せるために!」

「鏡? 内面? いきなり何の話をしてるの」

「しらばっくれるな! タネはわからないが私たちに気付かれないように部屋に入った上に妹はその位置、しかもちょうど東一局のタイミングで。こんなのが偶然なはずない! 私は荒療治のようなことは避けたいと言ったはずだぞ!!」

「そうだったかしら? ああ、言ってたかもしれないわね。『なにが荒療治かわからない』とかなんとか、聞いた覚えがあるわ。弘世さんにわからないなら当然私にもわからないしそもそも私が弘世さんの意思を汲む理由はない。
……んだけど、咲がいたらそこに寝そべってる人が集中できないっていうなら咲には下がってくれるようお願いするわ。さあ、だから、もう一度言うけど、約束通り麻雀で決着をつけましょう?」

「勝負の目的を先に強行しておいて何をぬけぬけと! 妹とすれ違っただけで照がどうなったかは竹井にも……」

咲がいることを思い出したんだろう。荒立っていた弘世さんの声が止まる。一瞬、部屋全体が静寂に包まれる。さっきまでは不規則な音を発していた宮永照の呼吸も今は落ち着いたようで、しかしその目は力んだように瞑られていた。

互いにあまり触れたくない話題だ、すぐに話を戻す。

「強行なんてしてないわよ。二人を会せるだけならいくらでも出来る、こちらの望みは会ってちゃんと話すことだったはず。無理だというなら棄権してくれてもいいけど」

「っ……わかった、こちらの負けだ!それでいい! だから照を保健室に連れて行くのを」

「そっか。じゃあ彼女を起こして、それでいいと認めてもらいましょ」

手伝ってくれと言いかかっていた弘世さんが、卓に座っていたままのまこが、傍観していた咲とモモちゃんがぎょっとしたように顔を強張らせる。……撤回、だんまり状態のモモちゃんのほうに関してはちゃんと見てはいない。そんな気がしたというだけだ。

「あの、部長……いいんです。なにもそこまでしてもらわなくても……」

「そうじゃ部長。相手方も負けぇ認める言うとる、十分じゃろ」

なだめるような声色と同時に、まこが私の元に寄る。あれだけ大々的に人が倒れたんだからそう言いたくなるのも無理はないと思う。とはいえ、咲とまこ現状を把握しきっていないだけだ。二人の発言を無視するわけではなくて、それに応えるべく弘世さんとの話を続ける。

「弘世さん、私に言ったわよね。この件は当人である宮永照の意思を尊重したいって。だったらあなたの掲げる白旗に意味はないのよ。そうでしょう? 彼女が起きた後に『さっきの試合はイレギュラーだ。
まだ決着はついてないし、妹に会う気はない』って言ったら、あなたはきっと彼女の肩を持つ」

「そんなことは……。いや、まず照がそんなことは言わない。こいつは勝負ごとには誠実だし途中棄権でも負けなら負けと認めるはずだ。私が保障する!」
189名無しさん@おーぷん :2018/10/07(日)23:23:44 ID:pVG()
「保障ね。鏡とやらが使えるわけでもないのに、ちょっと自信過剰じゃない? はたしてそう言い切れるほどあなたは宮永照という人物のことを知ってるのかしら」

「ああ知っているとも。竹井、間違いなくお前よりはな」

「私と比べてもしょうがないでしょ。でも……そうね、じゃあ質問。あなたがよく知ってるというその人物は、妹に会わないかと持ち掛けられたらなんて答えると思う?」

「……そんなの、会う気はないとかだろう」

「残念、違うわね」

「はあ? なんで言い切れる」

問いかけというよりは、私の口から出た事がらのほうが誤りだとでも言いたげだ。二年超の親密な仲なのだから馬の骨が何を言おうと響かないというのはわかる。けれど世捨て人の話でもないんだ。
今どき一元的に測れる問題のほうが珍しい。沈む一歩手前の船を前にしたとき最初に気付くのは船大工よりも船底の鼠だと言うし、フランスパンの成り立ちについて最も詳しいのはパン職人ではなくフランスの歴史学者かもしれない。

「なんでかって、そりゃ実際に聞いたもの。一回は言伝で。もう一回は昨日、本人に直接ね」

「照から……、そうか」

先ほどまで打てば響くといった様子だった弘世さんだったが、目線を私から眼前の体躯に戻して何も言わない。

「知らないんだったら教えてあげるわよ。宮永照は、」

ああ……くそう。こんな話するんじゃなかった。昨日の出来事が頭の中で想起され、腹からなにかが沸々と込み上げてくる

「その女は、あろうことか、自分の妹のことをいないと言ったのよ!! そんな仕打ちをする人が起き上がって冷静に『私の負けです約束を守りましょう』とか言うなんて、ねえ、信じられると思う?」

けっして狭くない麻雀部室で、反響した自分の声が耳に入る。いけない、声を荒げるというのは感情任せで頭が回っていない証拠だ。そういえば私たちはお忍びでここにいるんだった。職員に聞かれたらアウト、部屋の外に声が漏れないようにしなければなるまい。

私と同じことを意図したのか、少し間を空けて弘世さんがか細い声を発する。

「知っていたよ」

「……へぇ」
190名無しさん@おーぷん :2018/10/07(日)23:24:35 ID:pVG()
会話のキャッチボールが成り立っていないと口走りそうになるが、どうやらまだ宮永照像の話をしているらしい。あまり興味はないけれど知っていたというのが本当かどうかくらいは聞いてもいい。こんなときにまさか見栄を張るなんてことはないでしょうし。

「あなたから聞いたの? それとも本人が?」

「私から、各地の予選の結果を新聞で見たときに」

「知っていたのに、そんな姉の肩を持ってたと」

咲は姉に会うために麻雀に打ち込んでインターハイの頂まで歩みを進めた。もちろんそこまでは知らないにしても、遠路はるばる長野から来た妹と、その妹を蔑ろにする姉を目の前にしてなお姉の味方をしていたというわけか。なかなかどうして大した友達想いだ。

咎めるようなニュアンスを混ぜた私の返しに、しかしながら弘世さんは怯む様子を見せない。

「ああそうだとも。そちらには酷だったという思いはある。必要なら私からも照を説得する。そのとき清澄が帰ってしまっていたなら、長野まで引っ張っていってもいい。だから今は照を保健室に……」

「テル、テル、テルって……くどいわね。それを信用するくらいなら今ここで済ましたほうが手間もリスクも少ないって言ってるの。もういいわ、弘世さんがやりたがらないなら自分でやるから」

そう言って、私の上家から対面側に倒れている宮永照に近づく。

「竹井……っ。お前」

弘世さんの反応は素早いものだった。私の宣言を予期していたのか、それが発せられるのとほぼ同時に宮永照の上半身を音もなく寝かせてするりと立ち上がっていた。

「止すんだ、それ以上こちらに寄らないでくれ」

大股で一歩半ほど、私と宮永照を隔てるように位置を移しながら弘世さんが言ってくる。構うものか、もう充分に待った。
191名無しさん@おーぷん :2018/10/07(日)23:27:51 ID:pVG()
「この! 止まれとっ……」

これは……誤算だ。紆余曲折あったとはいえここまで自分の思い描いたとおりになって、少し甘く見積もってしまったのかもしれない。半径1メートルまで近づいたといったところで、弘世さんが右の手を耳元あたりまで振り上げた。

それに対して私は、ここ三年間ほど荒事とは縁がなかったのが祟ったんだと思う、左手がみぞおちを覆うが、右手は腰のあたりから微動だにしない。瞼は右が辛うじて開いたままといった状態で、視界は殆ど失われる。

自分より大きな相手に激昂され、思わず固まった体では何も出来なかった。こういうのは何と言うんだったか。キンコンフクシャ? キュウソネコカミ? ……どちらもちょっとズレてる気がする。
方向性を変えて、まな板の鯉とでもしておこう。頬をはたかれるのか、それとも平手で突かれるのか。それすらもわからない。弘世さんの右手が私めがけて……。

降ってこない。一秒ほど経ったと思うけれど、妙なことに体のどの神経からも信号は送られてきていない。おそるおそる両の目を開けると、弘世さんの前に誰かが立っていた。
もちろん同時に私の前でもあり、目が合って初めて人物と状況の把握がかなう。目の前にいたのは咲で……まさかこんな日が来るとは思わなかった。どうも私は、この子にかばわれたらしい。

「咲……ありが」

ぱちん。礼を言おうとした矢先、目の前にいたはずの咲が音と同時に視界から消える。さては幻覚か瞬間移動か。そんなオカルトありえません、そんな和の声が聞こえる。モモちゃんの仕業……でもない。左の頬の感触が私を現実から逃さない。咲の指が、私の頬を掠めたのだ。

「っ……さ、咲?」

「やめてください部長。おね……いえ、これ以上、部長の手を汚さないでください」

「私は……いいのよ。咲、あなたのためならそれで」

「わたしは!」

大声で、いや当人としては大きいだけで正確には芯の通ったというような声が咲から出る。初めて見る表情に、思わずたじろいでしまう。咲の右手が、平手打ちの軌道をそのままに行った手で左脇の服を握りしめる。落差の激しい声で、咲が今度は弱々しく漏らす。

「わたしはそんなことを……。宮永照さんを傷つけるようなことを望んでなんかいません」

「あ……」
192名無しさん@おーぷん :2018/10/07(日)23:32:32 ID:pVG()
なにかが私の中で崩れ落ちる音がした。微かに震えを帯びる後輩の声に、体中の血液がなくなった気さえも。もしや私はとんでもないことを仕出したのではないか。そう思った瞬間、頭が、体が、一斉に機能しなくなったようなそんな感覚に襲われる。

辛うじて絞り出した、ごめんなさいという言葉は条件反射のようなものだったんだろう。あるいはその声は外から聞こえない代物だったのかもしれない。

「……あ。え、ぁ……部長、顔を……ごめんなさっ。わたし、そんな……」

いたたまれない。こんなときに謝られても、何も言いようがないじゃない。

「すいません……ちょっと、外の空気に触れてきます。わたしも……頭冷やしたら戻りますから」

「あ、咲! 校舎内はあんまり、ってこら。待ちんさい!」

まこの静止は空を切り、ぴしゃりと扉の音を立てて咲が出ていく。まこがすぐに追うかと思ったが、予想に反してその目線は扉ではなく私のほうに向いた。

「あんたが行くか?」

「……まこ、よろしく」

「ほうかい。ま、今のお前さんじゃなんにも出来なさそうじゃ」

きつい当たりだが、返す言葉も見当たらない。自分がしたことや咲が謝ったことについて、正直まだ頭の整理が済んでいない。

「咲は……かなり怒ってたわよね」

「そんな単純じゃないと思うがのう」

「? ……っていうと」

「そのくらい自分で考えんかい。わからんようなら、わしに訊ねるより本人から聞いたほうがええ。咲の気持ちなんてもん、わしがとやかく言えることじゃない」

吐くべき毒は吐き捨てたというように、踵を返して扉に向かう。まこも今回はかなりとさかに来ていると見える。まこに咲に目の前の宮永照にとなると、すでにキャパオーバーだ。
助言は諦めて自分のしたことを鑑みようか……いや、そんな悠長に構えていては今できることをやるタイミングを失うかもしれない。今しかできないことってなんだろう。

宮永照を起こして……じゃない、保健室に運ぶべきか。咲を追うのもある意味、今しかできない。かける言葉が見当たらなくても追うことそのものに意味があるかもしれない。
でも、あの咲から手が出てくるなんてのは前例がない。下手な言葉を言えないなら、やはり自分が何をしてきたことを……。
193名無しさん@おーぷん :2018/10/07(日)23:35:44 ID:pVG()
ぐるぐると思考を空回りさせていた矢先、部屋と廊下の境目を越えるか越えないかに差し掛かっていたまこがこちらに向き直る。今の私はどんな顔をしていただろう。

「とやかく言えることじゃない……けどのう部長。あんたは咲の顔ひとつ見とらんかったかもしれんし、わしが腹ぁ立てとることくらいなら言ってもいいんじゃろう。なあ、なんで咲の前で『妹がいない』なんて話を蒸し返すんじゃ……」

まこが静かに扉を閉める。



部屋の中には四人となった。気を失っている人を除けば三人。私なら他人が喧嘩している場での火の粉は避けたいし、もしかしたら既に二人なのかもしれない。そんな空間で次に開口したのは弘世さんだった。

「竹井、大丈夫か? いや私が言えることじゃないだろうが……」

「なにが?」

「いろいろと、頬とか」

「あー、大丈夫よ。咲の非力なビンタなんてシャボン玉も割れないわ。それにまあ、あれのお陰でもっと重いのを貰わなくて済んだわけだしね」

「悪かったよ、手を出しそうになったのは謝る」

「あ、ごめんなさい今の無し。そういうつもりで言ったんじゃないの。さっきのは……私が悪かったんだと思う」

口論中の弘世さんは目に見えてヒートアップしていたがその分自覚はあったと思う。自分は冷静だ、そう勘違いしている人間のほうがより一層タチが悪い。手が出てしまった咲は詫びながらも、部屋を出る瞬間まで私に落ち度があるという態度は撤回しなかった。

「あーあ、ダメね私。後輩の気持ちくらいもっとわかってあげないと」

「それは……どうなんだろうな。どつぼに嵌りそうだ」

自分の非を受け入れて反省の意を込めたつもりだった独白は、意外なことに物言いがつく。

「私もさっき、妹とすれ違ったときの照について口を滑らせた。その言い訳ってわけじゃないがやっぱり人間だからな、相手を理解するなんて限界があるんだよ。だから変に分かり合おうとしなくても、出来るならいっそのこと相手と直接話したほうがいいと思う」

「咲のとこに……行ったほうがいいってこと?」

「そうじゃない。今それが出来ることならそれでもいいけどな」

なんと言うか、と困ったようにこぼしたが少し恥じらいながらも再度切り出す。
194名無しさん@おーぷん :2018/10/07(日)23:37:09 ID:pVG()
「今朝の駅で大所帯の竹井たちを見たときな、少し羨ましかったんだ。この部室を使わしてもらう過程でいろいろあって今日のことを聞いてきた人がいるんだが、その人との話が胸に引っかかっていてな。
私たち白糸台は二人で臨むしかないのに清澄は一丸になっている。その差だけで、この勝負はもう甲乙ついているんじゃないかという気さえしたよ」

「顧問の先生?」

「いや教師じゃなく部の先輩だ、去年のな。で、その先輩なんだが何かするのかは訊いてきたが何をするのか聞き出そうとはしなかった。
いまいち先輩が何を話したかったのかわからなくて、去り際の『後輩にもいつか話せるといい』だけ鵜呑みにしていたんだ。だけど今なら何となくわかる気がするよ」

そこで一旦言葉を区切ったと思うと、自身の長髪をくるくると弄び始める。

「だから……な。つまり私が言いたいのはちゃんと仲間内で共有できる清澄が眩しいってことと、竹井との話で過去の不思議が一つ解けたってことだ。今からするのは話のおまけみたいなものだし、的外れだったら悪いが……」

なんだろう。今ならどんな雑言も甘んじて受け入れられる。正すべきところや非のありどころ、諸々思ったことを言ってくれるというなら大歓迎だ。下手なフォローよりもズバリと斬りつけてくれるほうが望ましい。

「もしかして今日のこと、本人と話さなかったんじゃないのか」

最初私は、弘世さんの言いたいことがわからなかった。前置きの長さのわりには、出てきた内容があっけないと感じたからだ。しかしわざわざそんなことを言う弘世さんというのを念頭に置き、ゆっくりと咀嚼するにつれてじわじわと動揺しはじめる。

賭けの約束のあと、私が真っ先に向かったのがゆみの元だった。清澄の宿にもどり、夕食を終えてから和と優希に翌日の予定を簡単に話し、まこには浴場にいるときに問われたときに話をした。たしかに咲には話していない。そのことに今まで、なんの意識も働いていなかった。

「その反応、やっぱりそうなのか」

「だ、だってタイミングがなかったから。それに勝てばそれで咲も良く思うと……」

「落ち着け。なにも私は責めているんじゃない。そうなら次から気を付けるといいという単なる助言だ。それより今度こそ、照を運ぶのを手伝ってくれ」

「あ、あぁ……そうよね。右側持つわ」

弘世さんが左肩を担いだので、バランスをとりながら右の腕を自分の首に回す。せーのと言いながら同時に立ち上がり扉のほうに向かう。と、一つ大事なことを思い出した。
195名無しさん@おーぷん :2018/10/07(日)23:38:12 ID:pVG()
「モモちゃん、いる?」

「!? ひゃいっ!」

なぜか裏返った声で、ちょうど向かおうとしていたほうから返事が来る。扉付近の隅にいたらしいモモちゃんを再度目視する。呼びかけが空振りは気恥ずかしいので残っていてくれてよかった。

「変なところ見せちゃってゴメンね。こんな片手間みたいな形でなんだけど、いつか埋め合わせはする。後は任せてゆみのところに行ってちょうだい」

「はい……。お言葉に甘えさせてもらうっす」

「それと蒲原さんにもごめんなさいと伝えてくれる。今日はちょっと気分が乗らないから、ランチは鶴賀だけでお願いしたいって」

「了解したっす」

未だ正常さを取り戻せたとは言い難いメンタリティながらも、必要最小限の伝言を済ましたことに微かな安堵を覚えつつモモちゃんが固定してくれている扉から廊下に出る。
四人が部屋を離れて、部室はもぬけの殻になる。散らかったままの雀卓やら手荷物やらは、また後で片づけに戻るとしよう。
196名無しさん@おーぷん :2018/10/07(日)23:43:21 ID:pVG()
そこから先の私の心境を述懐するのはあまり気の進む作業じゃない。勝利というものに美酒が付きものならば勝者はみんな二十歳以上ということになる。
もちろんそんな決まり事はないけれど、青臭さを多分に発した十七歳の行動が招いた結果は、勝者不在というには充分なほどに全員に痛みを残していた。


宮永照をベッドに寝かせてすぐ、清澄麻雀部一同は長野への帰路についた。まこと咲の元に行き、咲をこの学校まで連れてきた須賀くん含む三人と近場のコンビニで合流し、東京駅についたころには時計の針は午後の一時を回っていた。

予約していた新幹線が出るまで二時間ほどの時間がある。昼食を取るなどしていたその間、優希と須賀くんがなんだかいつもより明るかったような気がする。
部員の先導や乗車券の発行は私に代わってまこがこなしてくれていた。和はぽつぽつと咲に何か話しかけていたが内容までは一度も聞き取れなかった。

復路の新幹線は二人組の座席を三組とってあった。私が皮切りとなり六枚の乗車券をくじのようにランダムに引いた結果、最前列の窓際となる。

右隣の座席に来たのは和で、さて何か言われるかと身構えたが、列車が動き出してから30分の間に和が話しかけてきたのは車内販売の飲み物で何を頼むかだけだった。気づけば今は横ですぅすぅと寝息を立てている。


本日初の一人で落ち着ける時間を迎えて、意を決するでもなく思考に耽る。私が咲のためと思いながらしたことを、咲は『望んでいない』と言った。まこ曰く、私が弘世さんへの交渉に持ち出した『宮永照が咲のことをなんと言ったか』の話は同時に咲も傷つけたらしい。
弘世さんは私の落ち度として当事者との話し合いをしなかったことを上げた。こうやって摘出すれば流石にもう明白だ。

つまり私は、咲の表面しか見ていなかったんだ。

姉に会いたいという咲の願望だけを聞き入れて、なぜそうなのかを考えようとしなかった。決まっているだろうに。姉に会いたいのは、姉が好きだからだ。そんな相手のことを攻撃するようなことを咲が望むわけもない。
そんな相手に存在を否定されて傷つかないわけがない、過去にも一度見た光景だったはずだ。弘世さんの言うとおり、咲と話していればこんなミスはしなかった。

しかし、たらればの話ばかり考えても仕方ない。そういうときは同時に、何故そうしなかったのかというのも掘り下げるべきだ。そしてこれは他でもなく自身の性質のことなので言い切れる。
我ながら言い訳がましいけれど、咲に内緒のまま咲に喜んでほしかった。要するにサプライズ、奇をてらいたがる私のエゴだ。




そしてそんなくだらないエゴと咲の願望という先入観も、思い返してみれば拭い去る機会はあったはずだ。
197名無しさん@おーぷん :2018/10/07(日)23:44:29 ID:pVG()
咲が白糸台の部室に来て最初に発した言葉は『お姉ちゃん』だった。昨日咲と二人で白糸台の陣地を訪れたときも弘世さんとの平行線を解消したのは、電話の向こうにいる姉の意図を汲みその場を離れた咲だった。

その少し前、私が姉に会いに行こうと持ち掛けたときに何やらお茶を濁していたのも、今にしてみれば姉の心境を慮っていたのかもしれない。あれはたしか……『姉に会いたいでしょ』という私の問いかけのときだった。咲の言動は全て、姉を第一に考えたもの打ったはずだ。

咲の行動理念は、ほとんど弘世さんと同様のものだったことになる。本当にもう、叩けば叩いた分だけ埃が出てしまう。客観的に見て妹が正しいに決まっていると自分で言った姉妹のいざこざ。
その妹の望む行動をしていたのはあろうことか、当事者の意向に沿うだけと思い私がその言葉を蔑ろにしていた人物だったというわけか。

「私って……ほんと馬鹿」

自嘲気味にそう呟きながら、ぼんやりと窓の外を眺める。なんだか心地がいい。自傷行為というのは経験がないけれど、自嘲もその一種なのだろうか。あるいはこれは自嘲ではなく、単に酔っているだけなのかも。
そんなことを考えたところで同席者の存在を思い出し、はっとして現実に意識が引き戻される。

すぐさま右を振り返ると、幸いにして危惧は外れて和は変わらず夢のなかにいるようだった。思わず胸を撫でおろす。こんな悟りを開いた中学生のようなセリフを聞かれては流石に和もなにかしらの話を振ってきたに違いない。

確信めいたものがあった畏怖の念は、しかし一瞬で消え失せる。はたして本当にそうかしら、という聞き覚えの無い声が頭のなかで聞こえた気がした。なにかおかしい。……そうだ。私の想像が正しいならば、いやそうでないにしても……なんで今、和は眠っていられる。

発車前の約二時間で和はほとんど咲と共にいたはずであり、それは咲の様子がおかしいと思ったからのはずだ。咲が話しづらそうにしたならば事情を知っていると思われる私かまこに話を聞きに来るだろうし、咲が包み隠さず話したならばおそらく私に鬼の形相で食ってかかる。

けれど現実にはそのどちらも起きていない。相手を理解するなんて限界があるんだよ、そんな弘世さんの言葉がここでも真理のように立ちはだかる。


『麻雀で全国優勝できなければ清澄を去らなければならなかった』

和がそう話してくれたのは、清澄がインハイで優勝を決めたときだった。それを聞いたとき私は少しショックを受けた。秘密にしていたのは私たちへ気を使ってのことだろう、もちろんそこは汲んでいるつもりだ。なにが悲しいって、そんな素振りに微塵も気づけなかった自分が、だ。

そして真理と信じたくなるようなその言葉は、私も例に漏れない。隠し事をするし、安易に見られたくない一面だってある。現に昨日だって……。

「……あ」

うっすらと窓に映った自分の顔はその一瞬、きっと笑んでいたことだろう。咲への行動を悔やみ弘世さんの一言一言に打ちひしがれているうちに気付いた。私が軽視してしまった無謬の権化はその実、全てが正しかったわけじゃなかったのだ。
そんな些細なことでも、なけなしの自尊心を回復させるには充分だったらしい。彼女は言った。チームで一丸となる清澄に負けた気出したと、件の共有が出来ている清澄が眩しいと。まったく、いい加減なことを言ってくれる。

白糸台と2対2の対局が決まって、私が最初に頼ったのは当事者どころか部員ですらない他校の生徒、加治木ゆみだ。それどころか和とも優希とも、まことさえも一切の作案を行っていないじゃない。こんなのが、こんなチームのどこが一丸だと言うのかしらね。

時計を見ると、長野に着くまでにまだ一時間ほどある。しかし反省会はもう充分だろう。自分のメンタルケアも済んだ。今日はまだ半分程度しか過ぎていないけどなんだか疲れてしまった。本当は和を起こすのは私の仕事なんだろうけど、少し……暇をいただくことにする。
198名無しさん@おーぷん :2018/10/07(日)23:56:47 ID:pVG()
-1週間後・清澄高校-


歳を取ると一年が短く感じる、というのはよく言われる話だが例えばこの待遇を見ると『一年を短く感じないならば、年老いていない』となる。一般論然としていれば正しいように見える事柄も、こうなっては形無しのように思う。
この一般論が誤りだというのではなく単に、因果関係はあっても命題ほど強い結びつきはないというだけの話だ。昨今テレビに出てくる偉い先生方が言うには新しい経験が大人になると減るからだというが、若くたって日々の流れが早く感じる時期もある。

私、竹井久の高校二年間だって今にして思えばそれはもう矢の如き早さだった気がする。

それに比べたら高校三年目の生活はそれはもう流れの遅いこと遅いこと。中でもこの夏休みは新体験の連続で、始まったばかりの頃は永遠に続くんじゃないかと錯覚するほどだった。

とはいえ亀の歩みでもいつかは山の麓に着くもので、そんな夏休みも残り一週間を切った。山に海にと肌を焦がす者、家に籠り多様な娯楽に勤しむ者、一学期と変わらずひたすら部活に打ち込む者、聡く冷静に現実を直視して宿題の山に絶望する者。
どのように過ごしているかは各々違えど、近づく夏の終わりにそこはかとない焦燥感を感じ始める頃合いというのは共通しているだろう。それなのに。

「なんでこんなとこに座りっぱなしなのよ、私はぁ……」

「議会の仕事が山積みだからでしょう。観念して頭と手を働かせてください会長」

構う気もないとばかりに、事実だけがきっぱりと告げられる。少しの愚痴くらい言ってもいいじゃないか副会長。

学生議会。一般的には生徒会という呼び名のほうが伝わりやすいと思う。要するに部活動とか文化祭とか球技大会とか校外清掃とか、その手の学生主体で行っていることを一手に管理する組織だ。

……などというと大層なものに聞こえそうだけれど、そんなのは建前上でしかなく重要な部分は結局学校側にお伺いを立てることになる。実態は雑務係みたいなものだ。

私はここ一年半ほどそんな議会の長を任されていて現在は、副会長の内木一太、会計の寺平綾乃、書記で唯一の二年生の紫芝菜月、という計四人で執り行っている。そんな議会の執務室に、私たち四人は貴重な夏休み終盤を消費して昨日今日と連続で駆り出されていた。

「もう夏季休暇も終盤よ? なんでこんなになるまで仕事を残しておくのよ。さては内木くん、テストは一夜漬けするタイプね」

「会長がいないと手が付けづらい内容が多かっただけですよ。ただでさえこの時期は部活動の大会結果が押し寄せてくるのに。二学期が始まればすぐ文化祭ですし……」

各部活動の大会成績を学校誌に記録したり部費の仕分けをしたり、良い結果を出した部がいればトロフィーや賞状の保管、場合によっては垂れ幕を拵えることもある。
文化祭に関しては同じく経費の仕分けや、各クラスの出し物の把握、レギュレーションに違反していないかどうか逐一チェックするなど。そのほか細々とした仕事もあるが大まかにはそんなところだ。
199名無しさん@おーぷん :2018/10/07(日)23:58:25 ID:pVG()
「まあまあいいじゃないですか先輩方。昨日の朝から見ればなんだかんだもう二割もないくらいですし。テキパキやってパフェでも食べに行きましょうよ」

「いいね、パフェ! 会長がいるだけで倍くらい早いですからね」

「いやいや綾乃、倍は盛りすぎでしょ」

「えぇー。そんなことないですよ」

「それは悪うございました。おふざけが多々入るのが玉に瑕ですけどね」

内木くんがちゃちを入れる。特に異論はないので、あははと笑って流す。けれどこれに、綾乃と菜月が息ぴったりに言う。

「あれ、副会長もしかして……」

「会長と張り合ってるの?」

「なにを馬鹿なことを、会長の仕事ぶりなら二人より一年長く見てるよ」

二人がかりで仕掛けた揶揄をさらりと躱されて、菜月が面白くなさそうな顔をする。しかし綾乃の思惑は違ったらしい。

「どうかなー。長年の側近ほど下克上を狙ってるってのは創作物のお約束だしね」

「なにその例えは……。創作物って、どうせ少年漫画とかでしょ」

「どうせとはご挨拶な! 少年誌ってのは常に王道漫画たちが火花を散らす、まさに群雄割拠の戦国時代なんだから」

「いや別に少年誌を下げる意図じゃなくてそれだけ読んでお約束と言われてもという話で」

話がズレていってる。実際、綾乃が私を持ち上げているだけで副会長はそつなくこなせる奴だと思う。三年からの私が麻雀漬けでいられたのは、大体の仕事は副会長も勝手がわかっているからだ。
今年の夏に関しては、急遽設立された麻雀部後援会も活動内容については彼が船頭となっていたらしい。議会の仕事が進んでいなかったのはそれも一因なんだろうと思う。そのへん感謝はしている、本人には言わないが。

それはともかく今ばかりは内木くんより綾乃が上手だ。なおも口論を続ける二人によって、もはや作業をする雰囲気は完全に消え去っている。私もこれに便乗させてもらおう。

「それじゃあ私は、綾乃のお世辞に乗せられるとしようかな。コンビニ行ってくるから、なにか欲しいものがあればみんなの分も買ってくるわよ?」
200名無しさん@おーぷん :2018/10/08(月)00:00:17 ID:UOI()
「え、いいんですか? じゃあなにか甘いもので……ああでもアイスの類は無しで、飲み物でお願いします」

「あ、私はいいです。お茶も弁当も間に合ってますから」

「いやダメですよ会長。なにを堂々と、」

「ん」

内木くんの言葉を、壁にかかったアナログ時計を指差すことで止める。針が指し示すのは十二時十七分、朝食が特別早くなければ昼食までもう少しあってもいい時間だけど今すぐ取っても問題ない時刻だろう。

「……緑茶をお願いします」

諦めたというように肩をすくめる内木くんにりょーかいとだけ言って、私にだけ見えるよう机の下で親指を立てる綾乃に、胴体による死角から同じように返しながら扉を開ける。



「あ、会長」

ビクリとした。ハンドサインは悪ノリが過ぎたか、見られたからには仕方ない。こやつはもはや生かしてはおけぬ。出合え出合え。

「外部委託していた麻雀部の優勝垂れ幕、午後には届くらしいです。確認作業は立ち合いますか?」

「……ああ、その話ね。ううん、なんかむず痒いし三人だけでお願い」

「そうですか。あと後援会なんですが」

「お昼休みまで仕事の話はやめない?」

「後援会は議会の業務とは関係ありませんからね。なに、すぐ済みます。祝勝会の話です」

祝勝会ね、麻雀部インハイ優勝を讃えて……だったっけ。この話は十日ほど前、団体戦が終わってすぐの時にもしたはずだ。ありがたい話ではあるけれど、来年のことも考えて活動資金は残しておいたほうがいいと断った。

「それは今年はやらないってことで纏まったんじゃなかった? 正直、人前に立って話することになりそうでアレだし」

「ええ。だから人数を絞って、部員と親しい人たちだけででもやってはどうかと後援会の人たちが」

「いいわよ、やらなくて」

こちとらさっさとコンビニで昼食を買いに行きたいんだ。ひと言、シンプルに告げて議会室を後にする。
201名無しさん@おーぷん :2018/10/08(月)00:07:46 ID:UOI()
そうして下駄箱で指定の靴に履き替え、屋外に出ての第一声。

「あっつ……」

天気予報曰く、今日の最高気温は29度らしい。連日の猛暑は今日に限って影を潜めているが、町中のアスファルトからその余韻は感じ取れる。加えて日光の代わりに訪れた雨雲によって、不快指数はむしろ上がっているような気さえする。

清澄高校の本校舎からコンビニまでは片道で八、九分ほどかかる。キャスターのお姉さん曰く夜には晴れているらしい。まばらに降っていた雨も幸い今は止んでいるので少し早足でいこう、そうすれば六分くらいで辿りつく。
思えば学校からコンビニに行くのはずいぶんと久しい。いつもなら学校の購買部で済ませられるがあいにく夏休み中はほとんどシャッターが下りているのだ。

心なしか閑散とした町を、じっとりと肌に絡みつくような服を煽りながら歩きトリコロールの屋根のコンビニに辿りつく。
店内の窓側に並べられた雑誌をぼんやりと眺め、隅にある小道の奥にある男女兼用のマークを横目に過ぎて、飲料品も意に介さず体が勝手にアイス売り場に向かっていく。

綾乃には買うことを止められたしこの外気温では八分もあればどのみち溶けてしまうので買う気はなかった……のだけれど、帰りのお供に一つくらい買うのはありではないか。
いやしかし、綾乃がアイスを非推奨と言ったのは帰りに買い食いする予定だからであり、一日に二度のまとまった糖分供給というのもいかがなものか……。そんなことで右往左往していると、後ろから知った声が聞こえてくる。

「あれ、部長だじょ」

「え? ……あ、本当ですね」

学内ではわりと顔が広いほうだと思うけれど大半の生徒は私を名前で呼ぶか会長と呼ぶか。年に二回あるかないかの部長会議や長野県予選の後なんかだと部長と呼ばれることもあるけれど、その場合は頭に『麻雀部の』と付く。
私を部長とのみ呼ぶ人物は片手で数えられるだけしかいない。ふぅ、と一息つき振り返った先には案の定、優希と和が立っていた。

「あら、二人もお昼ご飯買いに来たの?」

「はい。今日は午前中から部室にいたので」

知らなかった。麻雀部の部室は議会室とは異なり旧校舎最上階に位置している。職員室で鍵を借りるときなどでなければまず、互いに見掛けることはない。

「我タコスを求める者なり!」

威勢よく優希が言う。
202名無しさん@おーぷん :2018/10/08(月)00:09:01 ID:UOI()
「タコス? それならもうちょっと離れたコンビニに行かないとないわよ」

「そう、そうなんだじょ……」

かと思うと茹でられたレタスのごとく、優希の力が抜けていく。テンションの振れ幅についていけない。そう思っていると和が注釈をいれてくれた。

「猛暑と湿気で食欲減退中みたいですね。あまりに暑い暑いと連呼するので、こちらに来ました」

「む! 私のタコス愛は負けてなんかない! ただちょっと休憩してるだけだじぇ」

よくわからない張り合いが入る。優希と言えど毎日タコスを食べているわけでもないんだから暑いなら無理をすることはないと思うのだけれど。

「部長は、制服……ってことは学校に来てたんですか」

「うん。昨日から議会の仕事に駆り出されててね」

「そうだったんですか。お疲れ様です」

「そんなの早く終わらして部室に来てほしいじょ。大会中は部長とあんまり打てなかったしな、久々に手合わせ願いたいじぇ!」

なんとも言えず、思わず無言の笑顔で返してしまう。

「議会も大事ですからね、仕方ありません。……とはいえ私もわがままを言うなら、長野に戻った翌々日は顔を出してもらえたら嬉しかったんですが。取材依頼をした記者の方々が結構来ていましたから」

「あー……そりゃあそうよね。悪いことしたわ」

取材の依頼が来ているという話はもちろん私も知っていた。というか学校から最初に連絡を受けたのは私だ。ただ長野に戻ったその日からなんだか寝付けず、睡眠不足と貧血気味が合わさったことでとてもじゃないが学校に足は運べる状態になかったのだ。

「でもああいうのは和のほうが慣れてるでしょ」

「私一人でどうこう出来る人数じゃありませんでしたし、それにもう私一人に注目が集まるチームじゃありませんよ。咲さんでさえ震えながらでも受け答えしてたんですから」

「お、のどちゃん良いこと言う! 私も大注目、ついに時代が追いついたって感じだったじぇ!途中からは咲ちゃんと一緒に答えてたけど」

「へえー、すごいわね」

小鹿のように震えながら涙目になる咲が容易に連想される。そしてそれを横から支える優希……あ、これはないな。どちらかというと咲に向けられたカメラの前に割って入る優希のほうがしっくりくる。
203名無しさん@おーぷん :2018/10/08(月)00:10:13 ID:UOI()
「それじゃあ、私は先に戻るわね。まだまだ仕事がたんまりあるし議会の皆も待ってるだろうから」

アイスはやめだ。飲料品の棚から緑茶とレモンティー二本を取り出しレジに向かう。

「待ってください部長」

和から呼び止められる。ひょっとしたら少し急ぎ足になってしまったかもしれない。表には出さないようにしていた意が漏れてしまったなら迂闊だったというほかない。そして私にそんなことを思わせていた懸念材料は、次の和の言葉で見事に現実になる。

「染谷先輩から聞きました。その……咲さんと部長のこと」

「……そっか」

目を瞑り、腹まで届くように息を吸い、吐く。やはりその話は避けられないか。

「優希も聞いたの?」

「……イエスだじょ」

「どこまで聞いた?」

「私と優希があの場を離れてからのこと全部です」

全部、ね。それは聞いたほうにとっては聞いた内容が全てだろうがそれでは答えになっていない。もう一度、なんと訊けばいいだろうかと思っているとその前に和の言葉が続いた。

「気を失った人に無理をさせるのは良くないと思います。咲さんが激昂するのも当然かと」

当たり前のことを当たり前のように言ってくる。事はそう単純じゃないんだなどと言ったところで、複雑に考えることで単純な事実から目を逸らしているだけだと言わんばかり、そんな圧がある。

「けれどなにも部長だけの問題ではありません。咲さんのお姉さんの体調がそれほど悪かったなら、気付かないまま対局をしていた私達にも責任はあります」

なにを言っているんだろう。責任? 体調?

「ちょっとタイム。和、その倒れた時のことについてまこはなんて言ってたの?」

「え? ……チャンピオンが急に倒れて、息を荒げたあと気を失ったと」

「それだけ?」

「はい。違うんですか」

「……いえ、違わない。その通りよ」

違いはないが足りていない。けれど……そうだ、照魔鏡で咲を見たショックで倒れたなどと和に言っても仕方ない。だからまこは説明を省き和はそれを体不調のせいだと思っている、と。そんなところだろうか。
204名無しさん@おーぷん :2018/10/08(月)00:11:26 ID:UOI()
「でも、あなた達に非はないわ。対局中に気付けなかったのは私も同じなんだから、もし非があるとしても私のそれが増すだけ」

「それでも相対的には部長の責任は減って、」

食い気味の和を手で制して続ける。

「最後まで聞いて。なにか異変があったなら対局に集中してた二人より外野でしょ、つまり私。それに対局者にしても弘世さんだって気付いてなかった。少なくともあの対局中は体不調なんて様子を、咲のお姉さんは表に出してなかった。ね? だから和、あなたは何も悪くないわ」

「そう、でしょうか……」

和が黙りこくる。話が済んだなら私は行かせてもらおう。そう思った矢先、今度は優希がつまらなさそうに言う。

「そんなのどうだっていいじょ。非とか、相対的とか、小難しい話はわからないけど……私は、東京の帰りみたいなのはイヤだってだけ。ギスギスした部長と咲ちゃんなんて、見ていたくないってだけだじょ」

さっきの和に比べたらずいぶんと感情任せなことを言う。私だって好き好んであんなことになっていたわけじゃない。

「優希にも悪いことをしたとは思うわ」

不本意での出来事とはいえ、感情だけぶつけられてはこう返すしかない。

「部長にビンタかましたこと、咲ちゃんも反省してる。謝りたいとも言ってたじぇ」

それはそう言うだろうとも。でも、それが全てではないのも知っている。

「だから……部長が咲ちゃんとのことで部室に来てないなら、気にせず来てほしい」

それは違う。一昨日まで部室に行かなかったのはそもそも学校に行くには心許ない体調だったからだ。

「ほかにも何か言いたいことは?」

シンプルに、それだけ返す。白紙の紙からは何も書いてないという情報しか読み取れないし、なんなら白という色は軽くどちらかというと暖色寄りなイメージだ。無機質な返事に冷たさを感じるならそれは勝手な先入観ではないか。そんなことを思う。

「ッ……それだけだじょ」

優希が言う。和は何も言わない。なるほど。二人の態度から、もしやとは思っていたことだけれど……確信した。まこから全て聞いたと言ったが、和と優希は全てを知ってはいない。二人が聞いているのは一週間前の、あの対局の日のことまでだ。
205名無しさん@おーぷん :2018/10/08(月)00:12:18 ID:UOI()
用が済んだならこちらからも一つ聞いておこう。

「咲は、あの後お姉さんとなにかあった?」

「……いえ、特になにも聞いていません」

「そう」


和は知らないという、おそらく優希も知らないんだろう。現に今度は優希がなにも答えない。そ判断を下して、入り口近くのレジに再度足早に向かう。
元来た道を通るが見えるものまで元と同じとは限らない。往路で見た兼用トイレの戸は復路の角度では見えず、その反対にあった戸に赤のピクトグラムだけが張られているのが目に入る。
雑誌コーナーには今日発売の少年誌がずらりと並んでいると思っていたが、改めて見ると後ろにあるのは発売日の異なる別誌だったり先週号だったりしていた。
私と麻雀を打ちたい、ギスギスした私と咲は見たくないと言った優希。私一人に非はないと肩を持とうとした和。そんなついさっきの二人を思い出しての私の顔など、あまり見られたくはなかった。

「……そうだ」

きっかけはたぶん特に無い。もしあったとしたらそれは無意識というものだけれど、一つ思い付いた。

一度決めたことは貫くべきだというのは、正しいかはともかく一般的によく言われると思う。なのでこれは我ながら、自分に甘いという感は否めない。少しだけ歩みを戻して和と優希に言う。

「お昼ご飯を食べ終えたら、須賀くんに議会室に来てほしいって伝えておいて。ちょっと手伝ってほしいことがあるから」

うちの学校は共学だ。麻雀部がらみのことなら手伝いくらい頼んでも許されるだろう。でもまぁ、それを言ったら他の部員がついてきそうだから伏せておくことにする。
206名無しさん@おーぷん :2018/10/08(月)00:15:26 ID:UOI()
-学生議会室-

コンビニで買ったバターロールとチョリソーパンを片付け、業者からの連絡を受けて出ていく三人を見送った後、私は一人さびしくペットボトルと戯れていた。机の上で右に転がし左に転がし、空中に放り投げてキャッチしてみたり癖でペットボトルを叩きつけそうになったり。

サボっているわけではなく待っているんだ。須賀くんと、それから……。

携帯電話が振動し、机の表面を微かに移動する。来た。来ると思っていたと表したほうがいい。通話かメールかは予想がつかなかったけれど振動は二回で止まったのでメールみたいだ。画面には『ま』の一文字、差出人はまこだ。すぐに本文を確認する。

[話がある。17時に部活を終えて部室で待っとる。議会がもっと早く済むならそっちに合わせる]

和と優希がコンビニで私に会ったことを部室で話すのは想像は付く。私が学校に来ていると知れば、まこはコンタクトを取ってくるとは思っていた。流石に議会室に乗り込んでは来ないだろうから私を呼ぶのは必然として、この『部活を終えて』ってのがいい。
呼び出すだけなら不要なワードだけど、後輩を返して一人で待つという意思が伝わってくる。最後の一文は、私が行かなかった場合の言い訳を潰しにかかってるんだろう。

などというような、勝手な深読みしているといきなり正面に位置する扉が開いた。思わず椅子をガタリと鳴らす。後ろめたいことがあるわけでは無いけれど照れ隠しに

「入るときはノックくらいするものよ」

と言うと、見覚えのある金髪と長身のシルエットが廊下側に引き下がる。そしてご丁寧に扉を三回叩いてから再度開ける。

「失礼します。麻雀部の須賀京太郎です」

「どうぞ。来てもらっちゃってごめんね」

いつもより低く厳かな声で須賀くんがそう告げる。そこまで律義なのは求めていない……。と、思ったらすぐにいつものトーンと軽い笑顔に戻る。

「いえ。それで部長、用事って?」
207名無しさん@おーぷん :2018/10/08(月)00:17:03 ID:UOI()
「部長じゃなくて会長って呼んでもらいたいわね」

「それは大変失礼しました、会長」

冗談めかした会長呼び。ノリが良すぎるのも考えものだ。

「インハイ団体戦が終わったときに依頼した垂れ幕が届いたらしくてね。屋上から降ろすのを手伝ってほしいのよ」

「お、もう出来てたんすか。それじゃあ議会の人たちは屋上に?」

「まだ一階にいると思う」

「そうですか。じゃあ俺も下行ってきます」

「それはいいわよ。降ろすとこだけ手を貸してもらえれば」

大雑把な回れ左で踵を返そうとする須賀くんだが、私の言葉に少しよろけながらストップする。窓の外を眺めると、議会の三人と教師一人がトラックから段ボールの包みを受け取っているのが目に入る。
今から行けば荷物運びの足しにはなるがマンパワーを要するのは屋上から綺麗に幕を固定する作業だし、あと五分くらいはいいだろう。それに手伝いのためだけにわざわざ須賀くんを呼んだわけじゃない。

「それまで少し……話でもしましょ」

彼を呼んだのは、言ってみれば手慰みのためだ。コイントスをして表ならこのまま直進、裏が出れば寄り道をしてみてもいいかもしれない。

「咲の件は、須賀くんも聞いたわよね」

「咲の、というとお姉さんのことですよね? それなら、はい。聞きましたよ」

こちらとしてはそれなりに腹を据える事柄なんだけど、向こうの笑顔は抑えられながらも崩れない。

「そっか……。なら、お姉さんのことでその後なにか咲から聞いてる?」

「聞いてませんね。見てる分にもあんまりそういう素振りもないですし」

ちょっとしたヤブヘビ。一の問いに十で返され、和に聞いたことも合わせると流石にこれはもう望み薄としか思えない。

「結局、咲になんにもしてあげられなかったわけね」
208名無しさん@おーぷん :2018/10/08(月)00:18:56 ID:UOI()
須賀くんはお人よしなんだと思っている、それはもう我が見えないレベルの。でなきゃ優希のためにタコスのレシピを学んだり、合宿にデスクトップパソコンを持ってくるなんて馬鹿げたオーダーを受けたりしない。部の買い物も思えばほとんど任せきりだ。だから、

「またまたご謙遜を。部長でなにもしてないなんて言ったら俺なんかどうなるんですか。この前のことで動いたのも、咲を姉のいる全国まで引っ張ったのも部長によるところが大きいですし」

彼の前で自嘲などしようものなら慰めの二言三言は返ってくると思っていた。

「全国の舞台に引っ張ったってのは違うわよ。あれは私が行きたかっただけ」

「それでもっす。たとえ一番の理由じゃなくても部長は咲の目的のために行動して、咲も部長の目標のために力を発揮した」

「まあ……それはそうかも。力を貸してくれたあの四人にはいくら感謝しても足りないと思う」

四人という言葉を、あえて選ぶ。

「ほんと、奇跡的に麻雀強いメンバーが揃いましたよね。咲と優希は麻雀だけは強いって言ったほうがいいかもですけど」

「二人に聞かれたらしばらく狙い打ちされそうね」

「……。くれぐれもご内密にお願いします」

「さあ、どうしようかしらね。……いや、言わないでしょうけど」

そう言うと、須賀くんが破顔して礼を言う。状況にそぐわない気がしないでもない。

「須賀くんはどうなの? 麻雀、上達してる感覚はある?」

「俺ですか。 うーん、河の把握とか、ツモからの捨て牌選択は慣れてきて短くなった気がしますけど……どうなんでしょうね。自分じゃよくわからないです」

「ネト麻で判断してみたらいいんじゃない。 スコアとか段位とか今どんな感じ?」

「和了率とか細かいのは覚えてないですけど、一昨日ちょうど初段になりましたよ。今月は平均順位2.5切ってますし!」

「いや、アカウントを作ってからもう四ヶ月でしょう。それで初段って遅いからね」

「ええっ! マジっすか!」

マジもマジ、大真面目だ。須賀くんのやっているネット麻雀は対局の順位に応じて点が増減して、一定の点数に達すると昇級、昇段する。十級から初段までは、三位や四位でも減点はないので場数を踏めばいつかは誰でも二段には辿りつける。

「時間は十分にあったでしょうに、それじゃあ麻雀部として先が思いやられるわね」

「うへぇ、辛辣……」

両手両膝を床につけて、須賀くんが大げさに凹んでみせる。彼の時間を奪っていたのは私だというのに、まったく彼は、本当に、もう……。
209名無しさん@おーぷん :2018/10/08(月)00:20:51 ID:UOI()
「……まあいいわ。たしかスマホからでもログイン出来たわよね。少し見せてみて」

「え? ああはい、ちょっと待ってください」

パスコードを打ち込むのを待ち、須賀くんの端末を受け取る。Freeでの通算戦績を開くと

[平均順位2.53]
[和了率22.34]
[和了巡目平均12.07]
[振込率14.79]
[和了翻平均3.66]

と表示される。なるほど。

続けて直近の対局リプレイを三局ほど通しで観て、大体察する。

「うん。牌効率に関して大きなミスはないし入部当初に比べたらだいぶ良くなってる。でもちょっと突っ張りすぎなんでしょうね。攻めるべきタイミングと降りるラインってものをもっと意識したほうがいい、ってのはよく聞くんじゃない?」

「そうっすね……。でも言うは易し行うは難しって感じで、相手の聴牌とか打点もなかなか読めないですし」

「わかりやすいので言うと中盤以降の中張牌切り、特に赤牌押し切ってきたときとか危なさそうな風牌切られたりとか、逆に明らかに不要な字牌が後半で出てきたり、あとは七巡目以降の二副露と十三巡目以降の一副露なんかも聴牌は警戒する一つのラインね。
打点は、染め手とかチャンタ系とかは捨て牌をちゃんと見てれば分かりやすいからいいとして、早い段階で中張牌が切ってあるみたいな状況も高いの狙ってそうかも」

真剣な面持ちで聞いていると思ったら、打って変わってなにか閃いたというように目が見開かれる。

「もう一回お願いします! 忘れないようにメモするので」

「いいわよ、こんなの覚えなくて。全部一気にやろうとするとパンクするし、打ちながらちょっとずつ身につけていけばいい。それより、リプレイのこの局」

「どれっすか」

リプレイ画面を二人とも観えるように机に置いて続ける。

「南三局、その十二巡目ね」

須賀くんの手は


[五七345567②③④⑦⑦]
210名無しさん@おーぷん :2018/10/08(月)00:22:14 ID:UOI()
ドラが七萬で赤ドラは持っていない。この状況での十二巡目で和了牌の六萬をツモってきている。

「九巡目からこの手だけど、こういうドラ絡みのカンチャンはさっさとリーチかけちゃってもいいわ」

「え? 両面になってないしダマでもタンヤオつくならダマなんじゃ」

「そんなことないわ。ここはプレッシャーをかけにいく意味でもリーチしちゃったほうがいい。例えばここから両面にしようと思ったら四萬か八萬がいるけど、四萬で両面にしても点数は伸びないし、八萬来ても五萬切ったら裏スジの六九萬なんてそうそう出ない。
だったら、来るかどうかもわからない両面変化より来れば和了のカンチャンでリーチかけて相手の手を遅れさせに行ったほうが和了の見込みもあるってものよ」

「うーむ。そういうものなんですね」

一聞では解するに至らなかったのか、頭のなかで反芻するかのように須賀くんが映像を戻しては再生、戻しては再生を繰り返す。

「まあ3900の和了で充分ならダマでいいし、結局は点差とか狙う順位とかと要相談でのケースバイケースなんだけどね。詳しいことは和やまこに教えてもらうといいわ。あの二人なら基本的なことも上手く教えてくれるだろうから……あ、でもまこの実戦での打ち方は教本にしないこと。
あれはかなり応用入ってるから基礎が固まってないうちに真似しようとすると変なくせが付きかねない。そうね……今から少なくとも半年は和の打ち方に倣ったほうがいいと思う」

「わかりました。そうしてみます!」

言い終えてから、自分でも少しまくし立て気味だったなと思う。伝わらなかっただろうか、と懸念も浮かんだが素直で快活な返事にそれ以上の言葉はやめ、外に目をやる。気付けば校門前にいたトラックと人集りは綺麗さっぱり消えていた。
211名無しさん@おーぷん :2018/10/08(月)00:23:22 ID:UOI()
「そろそろ行ったほうがよさ気ですね」

「うんお願い。話は通してあるから、屋上に行ってくれるかしら」

振り返り、今度こそと須賀くんがドアノブに手をかけて、思い出したかのように言う。

「ま、部長も議会の仕事片付きしだい顔出してください。染谷先輩が結構部長のこと気にかけてましたし、咲なんて毎朝の第一声が『部長来てますか』ですから」

「そうなの……。まこは、私のことをどんな風に?」

「どんなっていうと、そうっすねー。必要以上に気に病んでそうだとか。でも見た感じ部長には無用の心配ですよね」

「私が気に病む、ねぇ」

ぼちぼち投げたコインが地面に落ちる頃合いだ。少し溜めて、告げる。


「そもそもさ、この件って咲のほうが悪いでしょ。なのになんで私が?」

須賀くんの表情は尚も崩れない。声が返って来る様子はないので、さらに加える。

「姉と会いたいとか言っておいて、そりゃあまあ私のやり口にも問題はあっただろうけど、それを止めるためにいきなりビンタよ? 普通はまず口頭ってもんでしょ」

「まー、そうですね。口下手ですから、人に意思が伝わりにくいんですよね咲って」

「そうそう、報連相くらいちゃんとしてもらわないと後で周りが大変なのよ」

「迷子癖、なかなか解消されないですしね」

そういう話のつもりじゃなかったんだけれど。これ以上弾みそうにない。会話を済まして、須賀くんを送り出す。

彼をこの部屋に招き入れた瞬間にトスされたコインは一度地面に落ちて、大した間もなく運動を止めた。出たのは表の面。その瞬間の私は、裏を見ずに済んだことに心底ほっとしていた。
212名無しさん@おーぷん :2018/10/08(月)00:24:15 ID:UOI()
それから三時間と少々、私は黙々と議会の書類に目を通し続けた。途中で戻ってきた三人とおおかたの仕事を済ませたあたりで、麻雀部に用があるからと伝えて議会室を離れる。

まこに送った『16時半くらいに一段落つく』という内容のメールには一向に返信が来ないので、待つのをやめて部室の前まで足を運ぶことにする。

扉を開けるとすぐにまず目に入ったのは一つだけの鞄と一本だけのビニール傘。もちろん、部室に呼ばれてのこのこ訪れてみたら一対五でしたなんて間抜けは踏まない。一年生四人が帰路に就くところは、ここに来る途中にしっかりと目視で確認済みだ。

「おお、ちゃんと来たんじゃな」

部室には、想像に違わずまこが一人で残っていた。

「なに、私がすっぽかすとか思ってたの?」

「いや、別に。用件はわかった上で来たんじゃろうな」

「たぶんね、でも確証はないかも」

「ほうか……。なら聞くが、なにか言いたいことは?」

なかなか気の利いたことを言ってくれる。もちろん、まこの本意は私に弁明の類を求めての発言なんだろう。用件の予想はつくが、違ったら墓穴を掘ることになるので確認くらいは取っておきたかった。

「昨日の朝、誰が一番最初に部室に来た?」

「わしじゃ。……いや、違った。わしは二番目だったわ」

二番目、そう聞いて気が重くなる。私にはわかるんだ。最初に来たのは少なくとも和、優希、須賀くんではない。それは三人と話してみていて雰囲気で察しはついていた。と言うことはつまり……。

いやあまり重たく考えるのは止しておく、まあ口を滑らすことを防げるんだから良しとしよう。

「まこが二番目ってことは、一番は……」

「ああ、そうじゃ。一番は、」

そうじゃと言うあたり、今日私が和と優希と須賀くんと話したことはもちろんまこも聞いているのだろう。そうならまあ私の思考を辿れるのも頷ける。

「咲ね」

「あんたじゃったな」

「「……え?」」

同時に発された声はハモるかと思ったが、最後を除けばむしろ盛大な不協和音となった。これはいったい、いや、すぐ理解は追いつく。
213名無しさん@おーぷん :2018/10/08(月)00:25:14 ID:UOI()
私が聞いたのは『五人のなかで誰が一番最初に来たか』だ。しかしまこは、その前の来訪者までカウントに入れていた。つまり私だ。

「なにをとぼけとるんじゃ」

まこが真顔で、少し鋭い口調になる。これは事故であって、決してふざけているわけではなかったんだけど。

「……ええわ。わしも単刀直入に聞くべきじゃった」

そう言って、鞄のファスナーを開けて一つの茶封筒を雀卓の上に投げ置く。見間違うわけもなくそれは確かに、昨日の朝に私が部室に置いておいたものだ。

「これはどういうことじゃ」

茶封筒の表には大きく三文字だけ、退、部、届、の字が並ぶ。

「どういうって、文字通りの意味だけど」

「なんで今こんなもんを出したのかを問い質しとるんじゃ」

「……話さないとダメ?」

「是非ともそう願いたいのう」

「言いづらい家庭の事情ってのは?」

「それは、大会が終わったこのタイミングで引退じゃなく退部という名目を取る理由になるんか」

「なる理由もあるかもしれないけど、すぐには思いつかないわね」

「だったら本当のことだけ話すことじゃな。またあんたはそうやって一人でおかしゅうなって……。一週間も考えた結果がこれなんか」

まこの語気がだんだんと強くなっていくのがわかる。

正直、話したくない。退部にしろ退職にしろ理由を聞かれて嬉々として答えれる人なんてまずいないと思う。でも、これに関しては……話さなきゃいけないんだろうなぁ。
214名無しさん@おーぷん :2018/10/08(月)00:26:08 ID:UOI()
「……」

「言いづらそうじゃのう。そんなに、咲の平手がショックだったんか。いくらあんたのが豆腐メンタルでも」

「違う!」

自分でも驚くほど、急に腹から大きな声が出る。頭の中が白く染まりかけるが、まこの目が見開かれているのを見て次の一声だけは迷わなかった。

「ゴメンナサイ……」

そう発すると、ドミノ倒しのように連鎖的に言葉が浮かんでくる。なにも考えず、それを発信するだけの媒体になる。

「でも違うの。咲のせいじゃない。あの子は……何も悪くない。ただ、私がけじめをつけたかっただけ。皆をいいように使ってきたことの、贖罪よ」

「贖罪……? いいように、って何のことじゃ」

「団体で全国優勝。そんな突拍子もない夢に、皆を付き合わせたことよ」

「は?」

「部長とか先輩とか、そんな権限を振り回してさ。和はインターミドルのチャンピオンなんだし本当は個人戦に専念したかったでしょうし、咲だって個人戦に絞って練習してればもっと上の舞台に進んでお姉さんと直接打てたでしょ。
まこも私に付き合ってじゃなきゃ清澄なんて来てないわよね、麻雀するなら風越とか龍門渕に行ってるはずだもの」

「ちょ、なに言いだすんじゃ」

「そういえば優希もよく言ってたわよね、『部長の命令は絶対』なんて。NOならNOって言ってくれればよかったのに。須賀くんなんて、私が雑用ばっかりやらせたせいでまだ初心者に毛が生えた程度の打ち手よ」

「待ちんさいって! 勝手に話を進めるんは止さんか。わしがあんたのためだけに清澄に入ったと思うとるんか、自惚れも大概にするんじゃな。清澄に来たんは学力レベルに見合っとったのと家が近いから、そんな普通の理由じゃ」

「そうなの? よかった」

「咲と和だって別に個人戦に専念したいなんて思うとらんわ。団体決勝で咲が姉と話せんかったのも、咲と和が個人決勝までは行けなかったんも全部結果論じゃろうて。一年達があんたに従うとったんも単に部長を信頼してのことじゃ」

「それはどうでしょうね」

「違うって言うんか」

「さあ、わからないわ。でもまこ、あなたの言うとおりなら、和は『インハイで優勝しなきゃ長野を去ることになる』って事前に教えてくれてもよかったんじゃないのかしら」

「……」
215名無しさん@おーぷん :2018/10/08(月)00:26:41 ID:UOI()
「最たる例は須賀くんよね。思えばあれだけの雑務を任されて、碌な指導も受けれないまま時間ばかり浪費して、不満に思ってないほうがどうかしてるわ。いつかのまこも言ってたわよね、須賀くんに任せすぎみたいなこと」

「それは……。いや言ったかもしれんが、京太郎本人が気にしとるってわけで言ったんじゃないわ。京太郎は、ありゃ人が良いだけじゃ。それに、試合がない部員が選手をサポートするのはおかしな話じゃないけえ。他の学校だってそうしとるじゃろ」

「変じゃないかどうかと、不満がないかどうかは必ずしも一致しないわよ。試合がないのも麻雀の腕が上がらず県予選で負けたから、元を辿れば結局は私が絡んでるしね」

「だからって……、不満に思うとる様子なんて微塵もなかったじゃろ」

「微塵も……。そうね」

喉が渇いてきた。鞄から紅茶の入ったペットボトルを取り出し、僅かに残っていた分を体内に流し込みながら先刻を思い返す。

「お昼の後ね、少し須賀くんと話したの」

「らしいのう」

「そのときに私、賭けをしたの。一人でひっそりとね」

「賭け?」

「須賀くんが、私に対して怒るかどうかっていうね。その結果次第では部に戻ることを許してもいいかもしれない、そんな甘え腐った一縷の望みを持った博打。
それで、須賀くんのネット麻雀に全然進歩が見られないって言ってみたの。今まで何をしていたのかとか、麻雀部失格だとかも言ったわ」

「……なるほどのう。それで、京太郎は?」

「笑って流されたわよ。腹を立てた様子なんて、確かに微塵も見せなかった」

「そう、じゃろうな。なら退部なんてせんでも……」

須賀くんの人となりを語っても、やはり一抹の不安はあったんだろう。言葉の節から安堵が見え隠れしている。でも、おそらくまこは勘違いしている。
216名無しさん@おーぷん :2018/10/08(月)00:28:52 ID:UOI()
「もう一つ、私はこうも言ったわ。『先週の件はどう考えても咲が悪い。なのにどうして私が後ろめたさを感じる必要があるの?』って。それに対しての須賀くんの反応も、まあ差異のないものだった」

今のひと言で、緩和を見せたまこの表情筋は硬直する。

「流石にわかるわよね。……私は、須賀くんが私のしてきたことで怒っていなければ自分を許容してもいいと思ったんじゃないわ。この賭けで自分を許容を認めるかの基準は『咲に責任転嫁する私に対して、須賀くんが相応の苦言を呈するかどうか』だった」

彼が単なるお人よしなら、咲のためを想って私になにか言って然るべきだと思う。怒りを向けられるのは怖かったがそれでも、そうなってくれれば、私が今までしてきたことに彼は負の感情を持ってはいない。少なくとも自分にそう言い聞かせることは出来た。などということを思う。

しかしあのときの須賀くんはそうはしなかった。言葉を濁すことなく同意した。

「私には、彼の表面的なところしか見れなかったのよ」

まこは、何も言わない。私も、それ以上なにも言いたいことはない。デジタルの置き時計が、コロンを十回ほど点滅させる。それが一瞬に感じるとか、逆に五分にも十分にも感じるなんてこともない。

考え抜いた様子のまこが、沈黙を途切れさせる。


「私じゃあ、足りんのか」

「……」

「あんたの言うとおり、和や京太郎がどう思うとるかなんてわからん。咲のことであんたが罪悪感を感じとるんもわかる。でもわしは……、少なくともわしはあんたに本音で話しとる。
部長の夢じゃから勝ちたい思う時もあったかもしれんが、あんたに振り回されとるなんて思ったことは無いわ。わしは、あんたにこんな形でやめてほしくない。それじゃダメなんか」

「そう言ってもらえるのはありがたい、けど部が気まずくてやめるわけじゃないしね。言ったでしょう、これは自分で決めたけじめ。あなた一人がどうこうって問題じゃないの」

「……じゃったな」

下唇を噛み、まこが俯く。

もういいだろう、話を締めよう。

「それじゃあ退部届け、受理してくれる?」
217名無しさん@おーぷん :2018/10/08(月)00:29:38 ID:UOI()

卓上に斜めに置かれた封筒を、まっすぐにまこのほうへと寄せる。


「それは……出来ん」

「……まだなにか言うことでも?」

「いや、もうないわ。わしにはあんたを説得する方法が思いつかん」

「ふぅん。だったらやっぱり」

「退部も……無理じゃ。わしの手であんたを追い出すなんて、そんなこと……」


退部を受理するか、止めるか。二者択一を迫っているのにどちらも嫌だと言う。そんなのが認められるのは小学生までだ。これでは埒が明かない。……仕方あるまい。

「はぁ……。わかったわよ、じゃあこの封筒は取り下げる」

「……!」

封筒を右手で回収すると、うなだれているまこの頭が上がる。それを確認してから、左手に持ち替える。

「この届けは、当事者の依頼を受けて学生議会長が正式に受理する」

「……思わせぶりな素振りはやめるんじゃな。あんたの悪い癖じゃ」

「肝に銘じておくわ」

伏し目がちにまこが言う。せっかくの忠告だ、最後くらい聞いておかないと罰が当たりかねない。

「じゃあ、私はもう行くわね。議会の皆を待たせてるから」

封筒を鞄の中につっこんで、ゆったりと、しかし無駄はなく部屋を出る。

「戸締りはよろしくね。新部長」

返事を待つことはせず、私は扉を閉めた。これで、禊は済んだ。
218名無しさん@おーぷん :2018/10/08(月)00:32:07 ID:UOI()
夏休みに入ると人の出入りが減るのは本校舎も旧校舎も変わらないが、文化系の部室として使われることの多い旧校舎は八月の終盤にかけてひと気が増す。加えて、灰色の雲につられたヒグラシのカナカナという声。そんな情景を見ると、文化祭が近づいていることを改めて実感する。

そんな中で階段を一歩、また一歩と降りていく。同級生はもちろん、一つ下の学年ともすれ違うたびに軽く挨拶を交わす。去年から会長職をやっていたこともあって、みんな意外と顔を覚えていてくれるらしい。おかげで見回りのときもやりやすいというものだ。


一階の廊下に出たところで、行く先に一人の女子生徒を見つける。例によって見知った顔だ。茶色がかったショートヘアに、一部分だけ跳ね癖のついている前髪。スレンダーと呼ぶには少しだけ身長が足りていない。いわゆる普通の女子高生だ。

「…ょう……」

微かに上下した唇を見るに、あちらもそう間を空けずして私に気付いたらしい。そして、互いに目を合わせずにすれ違う。

直後に背後からの足音は聞こえなくなる。人や蝉の雑踏にかき消されたのか、それとも彼女が……咲がこちらを振り向いたのかはわからない。けれど後者が頭をよぎったとき、私の足はただひたすらに出口へと向かっていた。


すれ違うまでの数秒間、いろんな思考が駆け巡った。

ここで謝意を述べるべきか、そうすれば咲は予定調和のように『わたしのほうこそ』と返してくれるかもしれない。

でもそれでは須賀くんのときと同様、はっきり言って卑怯というものだ。

なんで今になって咲は部室に戻ってきたのか。

もしやこれは、先刻『思いつかん』と言ったはずのまこが隠し持っていた最後のカードなのでは。

もういっそ、『久しぶり、生憎の天気ね』とでも振ってみようか。

きっかけさえあれば案外スムーズに、まるで何事もなかったかのように話せるかもしれない。

どの面下げてと思われるに決まっている。

だいたい一週間というのは久しぶりなのか、よくわからない。

正面入り口を開けて新鮮な空気を吸い込み、天に向けて息を吐く。ダメだ……。全ての考えが穴だらけに感じてしまい、それらが収束することは叶わない。

何を話すべきか、なにもわからなかった。
219名無しさん@おーぷん :2018/10/08(月)00:33:17 ID:UOI()
校舎を出てすぐの階段を降り、あまり舗装の成されていないアスファルトを進む。本校舎までは三分もかからない。夕方には去っているはずだった雨雲はいまだ健在だ。急ごう、議会の三人と校門前で待ち合わせている。みんなと甘いものでも食べに行くんだ。

「お、竹井さん」

だというのに、その道のりのちょうど真ん中あたりの曲がり角で声がかかる。和の追っかけだった。

「西田記者、お久しぶりです」

「ご無沙汰ね。長野予選の記事のとき以来かしら。会えてよかったー」

お互い何度か見掛けているはずだけれど、面と向かってならまあそのくらいかもしれない。正直煩わしく感じるが、意趣のある相手じゃない、明るく振る舞う努力はする。

「和ならもう帰りましたよ」

「そうなの? ……いえ、でも今日は原村さんじゃなく竹井さんの話が聞きたくてきたから」

「私の……ですか?」

意外だ、てっきり和の番記者かと思っていたんだけど。思わず首をかしげてしまう。

「そりゃあね。無名校がいきなりの全国優勝。それを率いた部長で稼ぎ頭の打ち手までも無名。あれだけの活躍ならコクマ出場もほぼ間違いなし! と、来れば否応にも茶の間での注目は集まるわ。それなのに竹井さんったら、全然マスコミに捕まらないんだもの」

そんなことになっていたとは。団体戦が終わってから、思えばずっとばたついていたので意識する余裕もなかったが、言われてみればそうあって然るべきなのかもしれない。

と、いうことは……そうか。西田さんとここで会ったのは、いわゆる出待ちだったわけだ。有名人の生活をちょっとだけ味わえたみたいで、所詮はまだ高校生の私からしたら少なくとも悪い気はしない。
220名無しさん@おーぷん :2018/10/08(月)00:34:16 ID:UOI()
とはいえタイミングが悪かった。西田さんにはそう思って諦めてもらおう。

「そういう風に言ってもらえるのは嬉しいんですが、すいません。お断りさせてもらいます」

「あら。なにか用事?」

「用事、そうですね。人を待たせてます」

「そっか。……うん、わかりました。急に声をかけてごめんなさいね」

後の予定がつかえていると言えば引いてくれるだろう。そういう思惑は当たったが、ちょっと安直だったようだ。間髪を入れずに西田さんが続ける。

「また近いうちにお願いしようかしら? できれば後輩のみんなも一緒の日にお願いできたら嬉しいんだけど」

可能なら『お断りさせてもらいます』で察してほしかった。聞いたことを文字に起こす仕事なんだから話しの行間も読んでほしい。……というのは流石に自分本位だろうけど、私はもう限界だった。
こういう体験をすると、記者をどう思うかは年齢ではなく経験だなと思い直す。

そう思ったとき、テレビで笑顔を振りまく紫色染みた髪の同年代が頭に浮かぶ。チャンピオンともなればさぞやマイクを向けられるんだろう。

「伝わりにくかったかもですね。もう部は辞めたんですよ。だからコクマには出ませんし」


ああ、今なら宮永さんと美味しい茶菓子をいただけそうだ。そんな妄想をしながら、私は西田さんとの話を打ち切ろうと口にする。



「私に、麻雀部の後輩はいません」
221名無しさん@おーぷん :2018/10/08(月)00:44:04 ID:UOI()
以上で完結です。

想像の四倍くらいの長さになってしまい自分でもアレだと思うけどここまで読んでくれた人がいたら感謝です。
222名無しさん@おーぷん :2018/10/08(月)10:52:37 ID:NPz
これで終わりか?続きはよ
223名無しさん@おーぷん :2018/10/08(月)22:14:12 ID:Btx
とりあえず乙やで
224名無しさん@おーぷん :2018/10/10(水)21:30:13 ID:DKY
年内に救いのある続き書きます
225名無しさん@おーぷん :2018/10/12(金)00:03:29 ID:Jn2
つまらんしやらなくていいよ

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